三日月句会

俳句のこと。句会のこと。一考さんのこと。

2018-01-01から1年間の記事一覧

クリスマス

昨晩更新しようと思ったら、パソコンが固まってしまった。 というわけで、やや乗り遅れた感はあるが、一考さんのクリスマス関連の句を探してみた。 少ない。 句集に採録されたのは一句のみ。 街なかに降誕祭の没日あり 『貌鳥』より 平成元年。 古のヨーロッ…

冬至

坂に出て冬至の靴の黒光り 昭和63年の作。 当時「人」に入会したての私はこの句をとても良いと思ったのだが、句集には採録されず。 句集というのはそれなりに一貫した空気が流れていなければならないのだとすれば、たとえ佳句でも弾かれる場合はあると思う。…

十二月

重と丼膳もありけり十二月 『白昼』より。平成四年。 たぶん鰻。そしてたぶん作者は鰻好き。 普段は旧暦に拠ることの少ない世の中が、十二月に入った途端「師走」を連発する。なんとなく節操のない感じがするし、だいたいまだ「霜月」なのだが、実際慌ただし…

万感のやさしさをもて雪の舞ふ 句集「黄檗山」より。昭和56年。 作者には雪の句が多い。 生きてゐて氷の上の雪の嵩 海に雪黒人兵の膝拍子 石組みに無上無類の雪の来よ 我儘に句は作るべし牡丹雪 雪の上ぼろんと真日の転び出づ 作者は横須賀の生まれ育ちだ…

良夜

二十年前。 東京例会で一考さんから紙切れを渡された。 「良夜」と書いてあった。 「九月号に随筆を書きなさい」とのこと。 その頃原稿依頼は一考さん自らが葉書を送ったり、上記のように句会で直接「お題」を渡したりすることがよくあった。依頼された方は…

推敲すること

二十年ほど前はまだ一考さんはご健在で、精力的に指導していた。 私も毎月句を送り付け、先生はその句稿に丸とか二重丸とか傍線とかを書き込んで返送してくれていた。毎月四百字詰め原稿用紙五枚ほどだったろうか。随分迷惑だったに違いない。 それで丸や二…

秋茄子

秋の昼一つは茄子を焼きたまへ 『櫂歌』より。昭和60年の作。 季語は「秋の昼」だが、「茄子」のインパクトが強くて、つい記事のタイトルを「秋茄子」にしてしまった。 長年、「ああそうですか」と思って遣り過ごして来た句。 ふと情景が気になる。 茄子を詠…

炎天

いみじくも炎天よりの憎しみぞ 句集『櫂歌』より。昭和60年。 まず「いみじくも」である。広辞苑によると「まことにうまく。適切に」とある。 原型の「いみじ」は「『いむ(忌む)』の形容詞形で、禁忌として決して触れてはならないと感じられるというのが原…

うつくしく蛇の泳いで伊勢の雨 句集『黄檗山』より。昭和58年の作。 掲句は「人」昭和58年11月号に掲載されているが、記録を見る限り、実際に伊勢を訪れて詠まれたものではないようである。 実際の景に際してのものではなかったとしても、そこへ到るまでの作…

噴水

本降りに夜の噴水の有頂天 句集『貌鳥』より。平成元年の作。 まず「有頂天」という語が頭に浮かんだという。 「有頂天なものって何だろう」と作者はイメージを膨らませる。 「胡蝶蘭」を連想する。それでは容易に想像がついてつまらない。 続いて「噴水」を…

さくら来て死は旧暦の思ひかな 真っ先に連想するのは西行である。それだけでも納得してしまう説得力がある。 その一方で、「さくら来て」とは具体的に読もうとすると色々な見方が出来る。 「さくら」と「来て」との間には、読む場合に助詞が補われる。「の(…

辛夷

槍飛んで来さうな辛夷朝の空 花こぶし遊女の数をたづねしが 絶巓の風のこぶしとして消えむ もうひとり辛夷の家の卵買ふ 遠浅の波が鞍替へ辛夷咲く 3月17日は進藤一考の命日。今年で19年になる。 葬儀からの帰途、電車の窓から見事に満開の辛夷の樹が連なって…

啓蟄

啓蟄の屋根踏みしめて瓦職 進藤一考 第六句集「白昼」より。 「瓦職」が踏みしめているのはやはり瓦屋根だろう。足は地下足袋だろうか。 作者の家が瓦葺だったかどうかは知らないが、実際の景を見ているというよりは、作者は家の中に居て、職人が屋根の上を…