白梅や睡魔が神の姿して
白梅や睡魔が神の姿して 進藤一考
句集『櫂歌』より。昭和59年。
白梅を見ていたら眠くなってきた。睡魔に襲われたのだ。
白梅の樹は満開で遠目に雲のように見える。それが曇っていると梅の花と空とが混然一体となって自分もその中に溶け込んでしまいそうになる。その感覚がここでは眠気として表れているように思う。
「睡魔」だから悪しきもののはずだが、それが「神の姿」をしているという。この情景、気分を全面的に肯定している態度である。それならば抗う必要もない。早春の陽気の中、このままうっとりと「神」に身を委ねていよう。